「5人の建築家展」〜普遍性と建築〜/塩塚隆生のトークセッション
先週一通の展示会案内メールがとどいた。
「5人の建築家展」〜普遍性と建築〜 福岡天神のギャラリーで開催とある。
差出人もギャラリーの名にも聞き覚えはなかったのだが、
5人のなかに友人の建築家、塩塚隆生の名前があった。
しかも初日にトークセッションがあるという。
塩塚さんが人前に出て自身の建築を語ることはめったにないことなので、このライブは見逃せない。早速、福岡市内での仕事をアレンジして、昨日夕方近くに寄らせてもらいました。
下の写真は塩塚さんの作品展示風景。立体的な写真と建築模型の展示。
セッションに参加したのは、いま九州で活躍中の40代の建築家5人。
森裕氏、塩塚隆生氏、木本功次郎氏、矢作昌生氏、 松山将勝氏
森さん、塩塚さん、矢作さんの順に20分程度、それぞれご自身の作品を紹介し
その後、質疑応答。そのままセッションに入った。
普遍性という大きいテーマに対して、各氏はそれぞれの建築の場所性、個別性、ローカリティの問題を取り上げ、そこを軸として議論がはじまった。短い時間の中で掘り下げた議論にこそならなかったが、各氏がそれぞれに向かい合っている建築への真摯な姿勢が好印象だった。
同時にわたしにとって興味深かったのは、他の4人が建築家、塩塚隆生に向ける視線であった。塩塚氏のトーク自体が本当に珍しいことだし、福岡を中心に活動している4氏に比べて、さらにローカルな大分を拠点とする塩塚氏の仕事は建築家同士でも気になるんだな、と(愉快に)思いながら塩塚氏の応答に注目した。
「大分だとやっぱり厳しいでしょ?限界があるでしょ?」と、司会役の松山さん。
>>> この質問の意図も曖昧だったが、私はなんとなくわかる。 >>>建築の仕事(クライアント)の量、質とも福岡とは比べるべくもないからだ。(決していじわるな質問ではなかったはずだ)
そんな環境のなかで「塩塚さん、よくやれるなァ」と、これは松山さんならずとも多くの人が思っていることだ。
塩塚さんの場合は、なおかつ完成度の高い仕事を続けていっている。これは誰しもが驚嘆するところである。
その質問に対して塩塚さんが応える、
「限界というふうに感じたことはない。大分は建築に対して他県よりも理解があるのでは。」
>>> これはわたしには「?」だった。そんなにりっぱな環境があるかなァ?ほんとかなァ?
おそらくは塩塚隆生をとりまく環境が、ある意味で特殊なのだろうと思う。
彼の場合やろうと思えば何処ででもできるはずだし、それは海外でも同じだろう。
塩塚さんに仕事をさせるよう、環境のほうが働きかけているに違いない。
何処ででもできるから此処でいい、と。私はそう見ている。
下の写真はレクチャーの一場面。
「具体的なローカルの固有性を通して普遍性にアプローチする」
今回の企画展のテーマが「普遍性」ということだったので、こういう言い方になったのだろうが、私の見方はちょっと違う。
塩塚さんの場合は最初から普遍性に通じる核のようなものを持っている、奇特なひとだ。そのひとが都度の課題、案件に際して、自分自身と向き合って作品がつくられていく。ローカリティというのはおそらくは彼の建築家としての現在のアドレスということになるだろう。時間的な意味も含めて。
上の写真はアキ工作社のプラン。
下はセッション中の塩塚氏と矢作氏。矢作さんの建築もいい。インターローカルという造語も面白かった。荒削りだが、私には好きなタイプの建築だった。
立ち見もでていたくらい盛況な会場。
残念なのは木本さんと松山さんの実作の話しがあまり聞けなかったことだ。
別の機会があればぜひお聞きしたいものだ。
5人のまじめな建築の話しが聞けてとてもよかった。
ただひとつ気になったのは、この5人、建築のことばの使い方が似てはいないか?
これがこの世代の風潮なのだろうか?それとも現在の建築界のはやり?
分節の手続き、空気の読み方、光の扱い方。壁、スラブ、屋根、窓・・・
ふつう5人集まればもっとバリエーションがでてくると思うのだが、妙に傾向が似ているようだ、そう感じるのはわたしだけでしょうか?
そういえば、なぜこの5人を集めたのか? それも説明されていないことのひとつだった。




















































