普遍性って?
私が建築の実務をはなれてもう15年以上になる。
建築雑誌もまったく読まないし、たまに塩塚さんたちと会って酒を飲みながら「いま建築ってどうなの?」と、話すくらいである。
最近通勤の車の中でポッドキャストのラジオを聞くようになって、「建築系ラジオ」なるものを聞きながら、あらためて隔絶の感を覚える。>>> 知らない建築家の名前ばかりがでてくるから。>>> でも、あいかわらず建築系の人たちはまじめなんだなー、と懐かしくなったりする。
建築を離れてみて感じることは、世間の人の「建築」に対する見識がいかに低いか、ということだ。
仕事柄、さまざまな業種の経営者と会って話すことが多いが、都市や建築について話せる相手は、これまでのところお目にかかったことが無い。これはデザイン全般について言えることではあるが。。。
もしかしたら、ここ日本国では「都市や建築のデザイン」ということがらと「経営」という事柄はほとんど無関係な位置にあるのかもしれない。>>> おそろしいことだ。 >>> そもそも、「デザインする」ということが色や形を格好よくする、という程度にしか見ていないわけであるから、話しをはじめるのも一苦労だ。 >>> デザインっていうのは表面的な形や色を扱うのではなくて、むしろその背景や構造やしくみを考えることなんですよ、と言ったらびっくりされる。 >>> そうなんですか? と。三倍の時間がかかって、なお通じないことのほうが多いようだ。 >>> だがしかし、それは今まで日本の建築家なりデザイナーが、三倍の時間をかけてでも一般のひとに説明する努力を怠ってきたせいなのだろう。
内部にいると、(内部)環境の外は二次的なものになる。 >>> 当然だ。 >>> でも、建築や都市を成立させるのはやっぱり「市民」なのだから、怠ってきたつけは大きいと今更ながら感じる。 >>> 久々に建築家の講演を聴いて嬉し、懐かしでしたが、同時に切なくもありました。
切なくなったのはテーマが「普遍性」だったということも多分にある。・・・気がする。
普遍性って?
展覧会のタイトルを見たときに随分思い切ったテーマだな、と感じた。>>> 勇気があるなー、と。
実際セッションを聞いていたら、皆さんが普遍性をローカリティというところに落とし込んでいたので、ああ、そういうことかと納得したが。。。納得してはイケナカッタかも知れない、と思う。
ところで、(話しは変わらないのだが)最近読み終わった本がある。タイトルは「都市と星」
タイトルに魅かれたのはもちろんだが、新訳で文庫化された表紙が魅力的だったからだ。作者はアーサー・C・クラーク。
表紙は誰が描いたんだろう? とてもいい感じ。
前半は冗長で、クラークにしてはめずらしい駄作だなと思っていたら(ジュブナイルかと思ってしまったくらい)、後半の後半の部分から面白くなってきた。
先般の展覧会とこの本を読み終えたのがちょうど重なって、普遍性ってなんだろう? とあらためて考え始めた。
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