昨年末12月30日にアキ工作社のアトリエで行った忘年会の様子です。
ここは旧西武蔵小学校に事業の拠点を移転してから僕のアトリエ兼住居として使っていますが、ご覧のように今はなにも置いてなくて、建築だけの気持ちいい空間になっています。この日は普段ゆっくり話す事ができないクリエイターの友人たちを招いてスローな飲み会になりました。子供たちを除くと12人の小宴です。
▼2階部分から見下ろし

▼手前で話し込んでいるのは、中野さんと、このアトリエを設計した建築家の塩塚さん。

中野伸哉さんはイラストレーターで、国見でラパロマという陶芸工房を主宰しています。陶器だけでなくガラスやアルミの作品もあり、僕がとくに気に入っているパートドヴェールの器は、娘の誕生日プレゼントとして毎年一個づつ収集しています。とにかく多才な人で、料理はプロ級だし、最近は商品や企業のプロデュースも多いようです。おなじ国東市在住なので距離的には最も近いのですが、それでも車で40分ほどかかるので、ゆっくり話す機会はほとんどない。他の人もおなじようなもので、こうして集まるのは年末押し迫ったこの日くらいしかないのです。

▲シオツカアトリエの古庄さんとカロムジークの八坂さん
塩塚さんの建築を成立させる上で、古庄さんの才能はとても大きいと僕は思っています。友人の建築家たちを見渡しても、いい仕事をしている人たちは夫婦ともに建築家というケースがとても多いのです。なかでも古庄さんは筋金入りというか、名ディフェンスという印象です。
八坂さんは音楽イベントのプロデューサーです。国内外から若く才能のある音楽家を連れてきます。僕もなんどか聞きにいきましたが、すばらしい演奏会でした。八坂さんの行動力にはほんと、頭が下がります。

▲地元安岐町出身の林浩昭さんと奥さん、右端が竹下さん。
林さんは現在農業大学の校長で、県の教育委員長。
もともとは研究者で大学で農業の化学分野の研究をなさっていた方です。多忙を極める仕事環境のなかで、両子山のご実家でシイタケもつくっています。僕もなんどか山に連れて行ってもらいました。
僕はここ数年来、彼が農業を核にここで何をつくっていくのかをずっと注目しています。現在、県の教育分野でも要職にある立場で、彼が取り組んでいる「農業と教育」というテーマは日本にとって最も需要な問題のひとつです。どういうかたちになるか、まだわかりませんが、今年は林先生にご協力いただいて旧西武蔵小学校でワークショップを開きたいと考えています。(ちなみに、林さんはこの小学校の卒業生です。)
おとなりの林夫人もまた、とてもアクティブなかたです。昨年、彼女の働きかけで安岐町の図書館が新築されることになりました。地元国東にとってはとても心強いお二人です。

▲塩塚隆生さんは今年、「みんなんかん」以来の大きな物件(大分市内の分庁舎)を設計することが決まっているそうです。どんな建築になるのか楽しみです。
▼二宮圭一さん(写真左)と神鳥兼孝さん(写真右)

二宮さんは昨年10年を総括する個展を行ったばかりですが、今年はあらたな展開をするようです。今年もっとも注目すべき作家だと思います。
神鳥さんはTVCMの映像ディレクターです。昨年中野さんの紹介ではじめてお会いしたのですが、話してみると、二宮さんとは杵築高校の先輩後輩で、かつ竹下さんの東京芸大油画科時代の後輩でもあるということがわかりました。世間は狭いなと改めて思います。約4年前に東京から帰って来て、昨年4月、広告映像制作の会社 Green Circle を立ち上げました。アキ工作社のイムズでの展示「Life Size Zoo」の映像は彼が制作しています。ウチの会社も今年はいろいろとお世話になりそうです。
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▲壁にかけたオーナメントはエメルシャトレーの宗政さんの作。2年前、東光の田村会長が届けてくれました。いまも大事にしています。
▼子供たちは別室で勝手に遊んでいます。奥でテレビゲームに向かっているのは中野マーク周作くん。昨年作家デビューした、中野伸哉さんの息子さん。18歳ですでに作家ですから、すごいよね。

午後3時頃からはじまって、あっというまに時間が過ぎ、お開きは0時過ぎでした。この日は僕も久々に本腰を入れて(二日酔い覚悟で)飲んでいたので後半のことはあまりよく憶えていないのですが、とにかく楽しい晩餐でした。
ほぼ同世代といっていいメンバーなので、それぞれに大きな節目をむかえているようです。僕自身そういう時期を迎えて、他の人は何処に向かおうとしているのか、それが聞きたかったのです。みなさんそれぞれの分野の最前線で仕事をなさっているので、余計な説明が必要ない、というところが僕にとってはリラックスできる友人たちです。それでも時間はあっという間に過ぎて、いつもなにか話し足りないところで終わってしまいます。続きは今年の年末ということになるのでしょうか。
少なくとも年に一回、こういう場所が必要だな、と改めて感じました。